生かされているのですから、素直に有難いと思いましょう。生きている値打ちがあるから生かされているのですも (瀬戸内寂聴 作家)
生きる 生きる 多くの文学賞を受賞し出家後は各地での講演、法話、執筆、対談など91歳の年齢を感じさせない行動的な日々を送られる。本人曰く「私は元気という病気です」と。氏の病気が益々重症になられることを祈りたい。
新たな年を迎えましたが、おもてなしの気持ちを忘れず人との出会いを
大切にしていきたいと思います。どうぞ本年もよろしきお願いいたします。
お 思えば遠くへ来たもんだ この先まだまだ何時までか生きていくのであらうけど-中原中也-
も 森の分かれ道では人の通らぬ道を選ぼうすべてが変わる-ロバート・フロスト-
て 天寿を全うする者は人の本文を尽くすなり -福沢諭吉-
な 仲良きことは美しきかな -武者小路実篤-
し 幸せは本のすぐそばに息を殺して待っている -別役実
一日生きることは一歩進むことでありたい (湯川秀樹 物理学者)
大晦日であるが、果たして自分は今年、何歩進んだのだろうか 。手継の寺(霊雲寺-高山市)に門徒の書が飾られている。「私が無駄に過ごした今日は、昨日死んだ人が痛切に生きたいと思った一日である」。逝った人を思いながら、無駄に過ごさないことが一歩進むことなのだ。皆様よいお年を。
貰った金と稼いだ金ははっきりと分けとかないといけないよ。なんだか解らない金は貰っちゃいけねぇんだ (永六輔著「職人」から)
永六輔が中学生でラジオに投稿して初めて謝礼をもらった時、嬉しくて近所の職人さんにそれを告げると「それは良かった貰っとけ。でも、これから大きくなっていくと、何でくれるんか解らないという金が時々あるからな。それは絶対貰っちゃいけない。何故くれたか解る金だけを貰えよ。何故くれるんだか解らない金は絶対貰っちゃいけないぞ」と。辞職した猪瀬都知事や政治家に伝えたい。
栄光は水面の輪のようなものだ。輪は広がりすぎて消えてしまうまで、どんどん大きくなり続けるからである
(シェクスピア 劇作家)
今年の漢字は「輪」。東京五輪招致や東日本大震災への国内外の支援の輪、プロ野球で楽天が初優勝し東北を中心とした応援の輪等が理由だという。しかし、五輪招致で大役を果たした猪瀬都知事の政治資金問題は知事の功績と栄光に水を差した。
生きるうえで最も偉大な栄光は、決して転ばないことにあるのではない。 転ぶたびに起き上がり続けることにある (ネルソン・マンデラ 政治家)
南アフリカ国で初の黒人大統領となり、ノーベル平和賞も受賞したネルソン・マンデラ氏が5日逝去。人種隔離政策闘争の指導者として活躍した、95歳だった。「憎み方ではなく愛し方を教えてくれた。彼が激しい怒りや暴力に屈しなかったからではなく、愛することの方がより良い働きをするということを学んでいたからだ」と多くの人が彼の栄光を称え死を悼んだ
できないことを何とかしようとするよりも、できることを楽しんだほうがいい。 できることのなかに、結構たくさん楽しいことがありますから (梅棹忠夫 民族学者)
探検家で思想家、知の巨人と呼ばれた梅棹忠夫。縄文文化をめぐり、かつての考古学者を批判した「縄文時代の衣服が(遺物として)全然出てこない。だからといって、みなスッポンポンで歩いとったのか、あれだけ櫛やアクセサリーが出てるのに、ボサボサ頭やったんかって」「どうして考古学者はああバカなんや?発見していないもの=0(ゼロ)とする。だからひとつの発見で全体がゴロッと変わる。信用でけへんな」と、見えないもを見ることは大事と説く。
旅は帰るところがあるが放浪には無い。旅には目的があるが放浪には無い (映画「あなたへ(主演:高倉健)」から)
映画では、「妻の故郷の海へ散骨して欲しい」と、高倉健は先立たれた妻の遺言で旅に出ます。富山~門司(途中高山市も)の旅。途中、様々な人生出会いと別れに遭遇し人を思うことの大切さを感じさせる映画です。人生は、目的と帰る場所が必要なのです。松尾芭蕉は旅、種田山頭火は放浪だったのだろうか
人間は自身を取り締まれる人間になることだ。人は許すかもしれないが、自分は許さない、という人間になりたいと考えている。 (松下幸之助 実業家)
「小人閑居して不善をなす」とは、君子は独りでいる時に必ず慎み深くするが,小人(徳の無い者)は他人の目がないと悪い事をする。だからこそ「やかましく怒られて、しかたなくやってきたことが習い性になり、やがて立派な習性になる」と幸之助翁は説き、冒頭の言葉を説く。-最近の食材偽装等に想う
僕の中に法律があるしたらお袋だよね。「恥ずかしいことしなさんなよ」って、いつもそればかりですよね。 (高倉健 映画俳優)
健さんが文化勲章を受章した。健さんが演じる人物はいつもストイックで一本筋が通っていて日本男子の一つの規範でもあった。ところで、最近ホテル等で、食材を見極めるべきおもてなしのプロ達が、揃ってレストランのメニュー表示は偽装ではなく誤表示という。彼等のお袋さん達は何と言っているのだろうか。