明るく天真爛漫で飾らない人柄と”天然ボケ”キャラクターで愛された中村玉緒さんが亡くなった。夫勝新太郎の借金が14億円も有ったが、「どうやって返したのか今でも…。私はお金に恵まれないけど、結局人に恵まれるということなんですね(徹子の部屋:TV番組)」また「今日のことは今日で忘れる、明日のことは明日のこと、今日のことは今日で終わるという、そういうのが明日の睡眠薬なんですね」とも同番組で語った。その他彼女の言葉から。「思い出が与えてくれる、生きる力というのがある。思い出はいつも優しく心に寄り添ってくれるんです。」「一人で考えて一人で答えを出してますけど、一人で生きているわけではないので」「背伸びして生きていくのはいやです。【合掌】
日本人初のライト級世界王者となり5度の防衛に成功。引退後は俳優、タレントとしても長く愛されてきたガッツ石松さんが76歳で亡くなった。【ガッツ語録から】☆運は、寂しがり屋。頑張っている人に寄ってくる☆世の中ってのは“ふり”が必要なんだよ。“怒ったふり” “知らんぷり” “死んだふり”というね☆(喫茶店で隣の客が「すみません コーヒーブラックで下さい」と言うと)じゃあ 俺ホワイト!?☆(ディズニーシーに行ったとき)デズニーAとBはどこにあんの?☆(飛行機での「ベルトをお締めください」のアナウンスに)今はもう、チャンピオンじゃないから(と言ってベルト着用拒否)☆チンピラとけんかした後、警察に捕まり「チャンピオン認定書に『いかなる者の挑戦も受けなければならない』と書いてある」☆夢というのは、その字の左に人という字を書くと『儚い』って字になるでしょ? 夢は自分で一所懸命追いかけるもんなんだよ。(選挙に負け巨額の負債を抱え)死ぬことも考えたけど、これで負けたら冗談じゃねえやっつうことで、またガッツ魂ができてくるわけさ)……【合掌】
喉頭癌で医者から「余命一年半」と宣告され、その限られた時間の中で、死への恐怖に怯えることなく、政治、社会、哲学について語り尽くした遺稿の『一年有半』で時間は長さではない。人生が長いか短いかは、客観的な時間(年数)で決まるものではない。内容こそがすべてだ。どれほど長く生きても、ダラダラと過ごせば短い人生になる。逆に、たとえ一年半という短期間であっても、濃密に、かつ自らの信念に基づいて生き切れば、それは充足した長い人生になる。と著している。
今年の桜の開花宣言一番乗りは岐阜県だったが、ようやく我が町、飛騨にも桜が見られるようになった、高山春祭りと共に春の到来だ。ところで、桜に関する法則があるという。”600度の法則”は、2月1日以降の毎日の最高気温を足し算して、その合計(積算気温)が600度に達すると桜が開花するという桜の開花予想日。”400度の法則”は、2月1日からの毎日の平均気温を足し算し400度を越えた日が桜の開花予想日だとか。ところで良寛は、今咲いている桜も、残っている桜も、いつかは必ず散る(死を迎える)という意味で、命の儚さと、その中で今を精一杯生きることの尊さを詠んだと言われている。
キング・カズ”こと三浦知良さんは、サッカー元日本代表FWで現在”J3福島ユナイテッドFC”に所属する現役だ。2月26日の59歳の誕生日に「試合に出て活躍したいし、勝ちたい。自分自身に期待したい」と意気込みを語る現役最年長Jリーガーだ。世界でもおそらく初めての還暦プレーヤーになるまでのカウントダウンが始まった。是非還暦でのカズダンスを見てみたい。
死は、いつでも来るものだとなんとなく分かっているのだが、でも、出来ればそれは「いつか」であって、「いつでも」とは思いたくない自分がいる。しかし、日曜日に従兄の葬儀に参列し、死は日常であることを教えてくれたような気がした。いつ死ぬかは分からない。だからこそ、毎日を大切に生ようと「従兄は教えてくれた」ような気がした
劇作家の野田秀樹さんは、『人が何かを受け止める順番は「感じる・考える・信じる」のはずなのに、最近は「考える」が抜け落ちて、「感じる・信じる」が直結しているのではないか、人が物事を認識し、最終的に「信じる」という結論に至るまでには、「感じる(情報を受け取る、認識する)」段階と、「考える(批判的に検討する、判断する)」段階を経るべきだ』と。
彼は、農村の現状や農家の置かれた状況を鋭く見つめ、数々の著作や講演活動を通じて、日本の農業のあり方について発信し続けた。米の減反政策や農業の規模拡大を進める農業政策に異議を唱え続け、生涯一百姓を貫いた。彼はこんな言葉も残した。「手入れに勝る技術なし」「農の原理は循環であって、成長じゃない」「そこに住んでいる人がそこの農業を食い支える仕組みができれば 何も怖くない」「農家は貧乏であっても貧困ではない」等々
故賀川豊彦は、1909年に神戸の貧民街に移り住み、救済活動とキリスト教伝道に生涯を捧げました。労働組合運動、農民運動、協同組合運動など、幅広く社会運動を展開し、「日本の協同組合運動の父」とも称されている。ガンジーやシュバイツァーと並び「20世紀の三大聖人」とも呼ばれ、平和運動にも尽力した。彼は生涯を通じて人間愛に生き、社会運動やキリスト教伝道に尽くした人物として知られている。「私は神と正義の立場を取ります」と文明批評家として、神と正義に立って社会を批判し、真理の追求に生涯を捧げた
『そうか、もう君はいないのか』は、城山三郎氏の死後に見つかった遺稿を編集したエッセイ本。先立たれた妻・容子さんとの出会いから別れまでを綴った回想録だ。この本書の解説者児玉清(俳優)」は『このタイトルを目にしたときは、胸に鋭い一撃をくらったような衝撃であった。後に残されてしまった夫の心を颯(さっ)と掬(すく)う、なんと簡潔にしてストレートな切ない言葉だろう。最愛の伴侶を亡くした寂寥感、喪失感、孤独感とともに、亡き妻への万感の想いがこの一言に凝縮されている。城山さんの悲痛な叫びが、助けてくれえ、という声まで聞こえてくるようで、ドキッとしたのだ』と解説。城山さんは妻を亡くした後の生活に慣れることが出来なかったようだ。先週は我が妻の祥月命日だった。