私が定年前職安に勤務してた頃、「企業は人材から人財のことはハローワークへ」とよく名刺に印刷していたものだ。平成になると人材もコストの一部とみなす企業が増えリストラによる退職者が目立つようになった。2度に亘り社員4.1万人のリストラを行い日産を危機から救い、コストカッターの異名を持つ日産のゴーン社長が、役員報酬90億円過少記載の罪で再逮捕された。リストラとは本来、経済環境の変化に応じ、企業が成長を維持し、収益力を高めるために行う事業を再構築すること。再構築で人員の再配置を行うことで、解雇が目的ではなかったのに何時からかリストラ=人員整理とみられるようになった。リストラされた日産社員は今、ゴーン容疑者をどう思う?。
エジソンは短時間睡眠者として有名。研究に没頭すると2〜3日まったく睡眠をとらないこともあったと言われ、平均して3〜4時間の睡眠時間だったという。最近加齢とともに睡眠時間が短くなっている気がする。ところで、寝るとき北枕は死を忌むことから縁起が悪いとされている。妻が永眠した仮通夜の2日間、家族4人が川の字状態で北枕で過ごしたことを思いだす。しかし、北枕は、地球の磁気を取り込みやすく、安眠効果につながるという説もあるようで北枕に変えようかと思う。
「モナリザ」を描いたレオナルド・ダビンチは画だけでなく、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野に顕著な業績と手稿を残した。昨年ダビンチの絵画「サルバトール・ムンディ」(世界の救世主)が、史上最高額の約510億円で落札された。自立式電波塔として高さ世界一(2011年現在)である東京スカイツリーの建設費500億円を上回ったのは驚きだ。もし、ダビンチが東京スカイツリーの展望から東京を見下ろしたら、どんな日本人の心を描いてくれるのだろうか。
小中学校で教員から給食の完食を指導されたことがきっかけで不登校や体調不良になったなどの相談が昨年5月~今年9月、支援団体に延べ1000人以上から寄せられていたという。支援団体は「給食は本来、楽しく食べて、食事の大切さを学ぶ場。強制は絶対にやめて」と訴えている。東京の小学校では、男子児童が吐くまで無理やり給食を食べさせた事例も。残すことは、もったいないが、これは、指導ではなくパワハラだ。
暖房が必須の季節だが、我が家では、灯油と電気がそれを賄っている。ところで、ある中学教師が『「どんな発電方法がある?」という問いに対して、原子力発電、火力発電、風力発電、太陽光発電と次々に答える子ども達。1人の男子が「言葉発電」と答えた。「それはどんな発電なの?」と聞き返すと、「うれしいことを言われると、心がポッとあったかくなる」という言葉だったとか(高橋手帳大賞から)。おでんで熱燗より経済的で健康的だ。
2005年、75歳で「信長の棺」(日本経済新聞出版社)で小説家デビュー。本能寺の変後に織田信長の遺骸が消えた歴史ミステリーを描いた作品はベストセラーとなった。信長の棺と「秀吉の枷」「明智左馬助の恋」は「本能寺三部作」と呼ばれた。『信長の棺』は、発行部数が約250万部のベストセラー、元総理大臣小泉純一郎氏の愛読書でもあった。「私は今年で87歳ですが、いまだ学びをやめるつもりはありません。現在は恋愛小説を執筆中です。いくつになっても新しいことに挑戦するのはわくわくするものです。どのような作品ができあがるのか、いまから楽しみです」と言いながら今年4月7日87歳で逝去。
亡き妻が好きだった紅葉狩りの時期だ。中国では古来、人の人生を四季に例えて、青春、朱夏、白秋、玄冬という。人生のある時期をそれぞれ、季節で言い表したものだ。作家の堺屋太一さんによれば、東洋思想で「玄冬」は幼少期を指す。玄(くろ)い冬とは種子が大地に埋もれている時期だ。そして人生は青春期の「青春」、子供を育む季節が「朱夏」期、高齢期の「白秋」と続く。高齢期は冬ではなく、実りの秋なのだと。妻は、実りの秋を全うせず58歳で6年前に逝った。今月は妻の七回忌だった。
【桃栗三年柿八年】 味覚の秋で果物のおいしい季節だ。妻は桃や栗より葡萄やリンゴが好きだった。その妻の七回忌が先週だった。「今週の言葉」は妻の法要を行ったお手次ぎ寺の本堂に掲示されていた。俺は昭和の男児だと、優しい言葉かけずに逝ってしまった妻に今更募る想い。妻と別れる前に互いの人生をもっと深めたかった。
霊雲寺本堂内の掲示(高山市神田町)
【秋空】快晴の日が続いている。天高く馬肥ゆる秋というが、秋空は夏空より高く見える。高気圧は、夏は南太平洋から、秋は大陸からやってくるため、大陸育ちの高気圧は、海で育った高気圧に比べて乾燥している。このため、水蒸気の量が少なく、晴れたとき空気が澄んで空が高く見えるという。その秋晴れで忘れられない実況がある。昭和39年10月10日の東京五輪開会式前日は、台風の接近により雨が降ったが、当日は抜けるような青空だった。それを北出アナウンサーは冒頭のように実況した。彼は、大相撲を中心に数多くのスポーツ中継を担当し1972年の札幌オリンピックの「さあ笠谷、金メダルへのジャンプ-飛んだ!決まった!」などの名実況も残した。
【芸術の秋】法隆寺の再建するなど最後の宮大工と言われた西岡棟梁。代々宮大工の家に生まれた彼は「決して民家を造ってはならない」と言われ、自分の家も他の大工に造ってもらった。納期を気にしたり儲けに走ったりすると仕事が荒れるからとの理由だという。彼は「木にはそれぞれ癖があり、一本一本違う。産地によって、また同じ山でも斜面によって変わる。まっすぐ伸びる木もあれば、ねじれる木もある。材質も、堅い、粘りがあると様々。木も人間と同じ生き物です。いまの時代、何でも規格を決めて、それに合わせようとする。合わないものは切り捨ててしまう。人間の扱いも同じだと思う。法隆寺が千年の歴史を保っているのも、みな癖木を上手に使って建築しているのです」とも言っている。