自分の親は父母の2人、そのまた親(祖父母)は4人、そのまた親(曾祖父母)は8人。これを10代遡ると1.052人、20代遡ると1.048.576人となる。今上天皇は125代目、これを計算すると、「4.2535295865E+37」(「E+37」=10の37乗)。つまり、42澗5352溝9586穣5117じょ(禾+予)3000垓です。数字の単位は、澗(かん)、溝(こう)、穣(じょう)、じょ(禾+予)、垓(がい)、京、兆、億、万だそうだ。昨日、その陛下から、「次第に進む身体の衰えを考慮する時、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」 と、生前退位についてのお言葉があった。世論も陛下のお気持ちをしっかりと受け止めたいとの声が多いようである。
島津公は、薩摩藩の富国強兵に成功した幕末の名君の一人である。◆西郷隆盛ら幕末に活躍する人材も育てた。◆斉彬が薩摩藩主時代に鹿児島で為そうとしたことは明治政府の政策そのものだと言う人もいる。◆米国のペリーに開国を迫られたとき、幕府は筆頭老中阿部正弘の提案で広く意見を求めた。そのとき時、島津公は「冒頭の名言(勇気ある決断力の無い人は役に立たない)」と語った。◆都民ではない私だが、東京都知事に当選した小池氏に島津公の言葉を贈りたい。◆なお島津公は、「十人が十人とも好む人材は非常事態に対応できないので登用しない」とも語っている。
黒田博樹投手(広島カープ)が、日米通算200勝を達成した。◆彼の座右の銘は「耐雪梅花麗」だそうだが、まさに耐えて咲かせた大輪の花だ。昨年、大リーグからの20億円とも言われるオファーを蹴って、お金じゃないと育ててもらった広島で野球人生の集大成を選んだ、彼の男気は多くのファンを泣かせた。◆2014年夏、77人が亡くなった広島土砂災害があった。オフに帰国すると、すぐに被災地を訪ねた。「アメリカで頑張っていますね」と声をかけられると、「いえ、本当に頑張っておられるのは、あなた方です」と応じた。◆毎回、登板直前に「今日が最後の試合だったら、お前は何をするんだ」とバスケットボール界の神様とも言われるマイケル・ジョーダンの言葉をつぶやくという
昭和18年に「東京府」が「東京市(現在の東京23区相当)」を合併し「東京都」となった。その都知事選に立候補した石田純一氏。出来る方法を探して立候補したものの、途中で出来ない理由を探したのか、立候補を取り消してしまった。さて、先出しジャンケンの小池百合子氏、中出しジャンケンの増田寛也氏、後出しジャンケンの鳥越俊太郎氏、ジャンケンに勝つのは誰か。新知事に贈る言葉「自分で自分を支配することができない人は不幸になりやすい(武者小路実篤)」。
先週の七夕の日、大西卓哉(宇宙飛行士)さんが宇宙に飛び立った。七夕と言えば天の川だが、その天の川が見えなくなっているらしい。◆街の照明などで夜空が明るくなる「光害」の影響で、「天の川」が肉眼で見られなくなっているという。◆天の川が見られない都市部などに住む人口は、世界全体の約1/3。米国では約8割、欧州で約6割、日本でも約7割に達した。◆最も光害がひどいシンガポールでは、全土で人の目が暗いところに反応する「暗順応」が起きなくなるほどだという。(「暗順応」明るいところから暗い部屋に入ると、初めは物が見えにくいが次第によく見えるようになる。これは暗闇に入ると眼の網膜の光に対する感度が時間とともに増加するためで,この自動調節現象を暗順応という)
先週岩手県への出張があり「奇跡の一本松(陸前高田市)」を観てきた。ガイドは新沼岳志さん。東日本大震災の津波の直撃を受け、7万本松の木がなぎ倒されて壊滅したが、一本だけ津波に耐えて残った。この松は震災からの復興への希望の象徴として、「奇跡の一本松」と呼んでいる。14.5mの津波が襲った「道の駅陸前高田松原(震災遺構)」の前で「我々が体験した震災について日々語っているが、時が経てば体験者は減っていく。『もの言わぬ語り部』を残しておかなければならない」と。「明治29年、昭和8年、昭和35年の津波のときも何も残してこなかった。書物やDVDで記録しても平時には誰も見ない。見たくなくても毎日目に映る震災遺構こそが訴える力になる。何も残せなかった地域は次第に人々が訪れなくなっている……」と。

父親の介護を続けるなかで、慣れない調理に苦労し、やがてそれが楽しみにすらなったのに、父が逝くと、とたんに料理をする気が失せた。自分だけのために調理をするのが面倒になった。自分がここにあることの意味は他者から贈られる。そのことを身をもって知った経営者の作家は、「自己決定」「自己責任」といった概念の虚(むな)しさを思う。「言葉が鍛えられる場所(第6回 生まれてから死ぬまでの時間)」から。(6/25朝日新聞「折々の言葉-鷲田清一」から)
先週の「違法ではないが不適切」の話題から、今週は「違法だが不適切ではない」の話題を。横浜市のバス停に壊れたベンチの代わりに置かれたソファの扱いが議論を呼んでいる。
高齢者からは「助かる」と好評だが、市条例では歩道の幅は2m必要でソファ設置により10㎝ほど狭くなっていると言う。今まで苦情はなかったが、最近「ソファが置かれていることで乗車の並び順が分からなくなる」との苦情があり、善意で置かれたソファを撤去すべきか市は対応に苦慮していると言う。
都知事の政治資金支出について、適切か不適切か、違法か違法ではないかと。今や「ミスター不適切」と時の人に。知事は、東京都を世界一の都市にすることが公約で、それを成すまでは死んでも死にきれなから辞職はしないと。仏教心理学者の岡野守也氏は「考え方が適切(あるいは論理的)であれば、健全な感情が生まれます。考え方が不適切(あるいは非論理的)であれば、感情も不健全になってしまいます」。果たして、世界一の都市目指して、適切なリーダーシップを発揮できるのだろうか。
(6/1付朝日新聞「折々の言葉-鷲田清一」から)『この国は、成長という過去の夢を再び追うべきでなく、成熟を旨とする国として再生すべきだと、雑誌「広告批評」を主宰したコラムニストは言う。別品とは普通の物差しでは測れない優れもの。主流ではないが、時を経ると、「どちらが一位であるかわからないような状況」の生じる可能性があるものだと。「成長から成熟へ」より。』
先週、安倍総理は消費税の増税を新判断により再延期すると発表したが、「別品」という判断は視野にないのだろうか。