父親の介護を続けるなかで、慣れない調理に苦労し、やがてそれが楽しみにすらなったのに、父が逝くと、とたんに料理をする気が失せた。自分だけのために調理をするのが面倒になった。自分がここにあることの意味は他者から贈られる。そのことを身をもって知った経営者の作家は、「自己決定」「自己責任」といった概念の虚(むな)しさを思う。「言葉が鍛えられる場所(第6回 生まれてから死ぬまでの時間)」から。(6/25朝日新聞「折々の言葉-鷲田清一」から)
先週の「違法ではないが不適切」の話題から、今週は「違法だが不適切ではない」の話題を。横浜市のバス停に壊れたベンチの代わりに置かれたソファの扱いが議論を呼んでいる。
高齢者からは「助かる」と好評だが、市条例では歩道の幅は2m必要でソファ設置により10㎝ほど狭くなっていると言う。今まで苦情はなかったが、最近「ソファが置かれていることで乗車の並び順が分からなくなる」との苦情があり、善意で置かれたソファを撤去すべきか市は対応に苦慮していると言う。
都知事の政治資金支出について、適切か不適切か、違法か違法ではないかと。今や「ミスター不適切」と時の人に。知事は、東京都を世界一の都市にすることが公約で、それを成すまでは死んでも死にきれなから辞職はしないと。仏教心理学者の岡野守也氏は「考え方が適切(あるいは論理的)であれば、健全な感情が生まれます。考え方が不適切(あるいは非論理的)であれば、感情も不健全になってしまいます」。果たして、世界一の都市目指して、適切なリーダーシップを発揮できるのだろうか。
(6/1付朝日新聞「折々の言葉-鷲田清一」から)『この国は、成長という過去の夢を再び追うべきでなく、成熟を旨とする国として再生すべきだと、雑誌「広告批評」を主宰したコラムニストは言う。別品とは普通の物差しでは測れない優れもの。主流ではないが、時を経ると、「どちらが一位であるかわからないような状況」の生じる可能性があるものだと。「成長から成熟へ」より。』
先週、安倍総理は消費税の増税を新判断により再延期すると発表したが、「別品」という判断は視野にないのだろうか。