先週桜の開花の話をしたが、昨日の飛騨は25℃の夏日だった。一気に桜から夏へ? ところで桜守とは、特に重要な由緒ある桜の手入れをする桜の専門医のような人。巨樹古木は、代々その桜を守るような特別な計らいがなされ、多くの人々の手によって見守られてきた。16代目が言う姥桜は、女性蔑視の言葉ではなく、幹は皺くちゃになり、枝ぶりも古びていても、わずかに残った枝に咲かせる花には、若さとは異なる、人生の深みや情緒を感じさせる”色香”があると。姥桜の色香とは、幹がしわがれ、自ら枝を枯らしながらも、わずかに残った枝に花を咲かせる老木(姥桜)には、単なる華やかさを超えた、にじみ出るような「色香」が宿ると。長年桜と共に生きてきた庭師ならではの、植物の生命力と、年月を重ねたものだけが持つ美しさを捉えた感性豊かな言葉だ。
今年の桜の開花宣言一番乗りは岐阜県だったが、ようやく我が町、飛騨にも桜が見られるようになった、高山春祭りと共に春の到来だ。ところで、桜に関する法則があるという。”600度の法則”は、2月1日以降の毎日の最高気温を足し算して、その合計(積算気温)が600度に達すると桜が開花するという桜の開花予想日。”400度の法則”は、2月1日からの毎日の平均気温を足し算し400度を越えた日が桜の開花予想日だとか。ところで良寛は、今咲いている桜も、残っている桜も、いつかは必ず散る(死を迎える)という意味で、命の儚さと、その中で今を精一杯生きることの尊さを詠んだと言われている。
カナダのカーニー首相の1月のダボス会議での演説は、『世界秩序の断絶、美しき物語の終わり、そして残酷な現実の始まりについて話そう、と。冒頭の言葉を引用し、大国間の競争の中で”ルールに基づく国際秩序”が衰えている。カナダのような国々はこの秩序のもとで繁栄してきた一方で、それが時として大国に都合よく使われる”虚構”でもあったと述べ、「私たちは断絶の真っただ中にいる」と表現。隣国の米国やトランプ氏本人への言及はなかったものの、「大国が経済統合を武器として利用し始めた。関税を手段として使っている」などと、トランプ政権に対する強い危機感をにじませた。一方、高市首相は3月の日米首脳会談で「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド(トランプ大統領)だけだ」と(媚びた?)。
「眼はいつでも思った時に閉じられるように出来ている。しかし、耳は自分で閉じられるようには出来ていない。なぜだろう」と寺田寅彦(物理学者)は、随筆集「柿の種」で疑問を投げかけている。ところで「聞く」と「聴く」はどう違うのか。「聴く」という字は、「耳+目」、そして「心」と書く。つまり、相手の話は、耳と目と心を使って「聴く」ことが大事なのだ。ややもすると聞こえていても聴こうとしないことがある。また聴こうとしない人がいる。
気象庁は昨日、岐阜・高知・甲府の各市で桜が開花したと発表。全国の観測地点で最も早い開花宣言で、岐阜市は平年より9日も早いという、いよいよ花見の季節だ。ところで、世界遺産に登録されている仁和寺(京都市)にある「御室桜」の桜守は、16代佐野藤右衛門(2025年10月没)だった(桜守は咲いた桜の枝を折られないように桜を守り育てる人)。「桜に姥桜という表現があるが、これは女性蔑視とは違う、姥桜と言われるほど歳のいった桜は、幹は皺くちゃです。けど、わずか残った枝に咲かせる花には”色香”がある」と言う。17代目は、「私が今までで最も神々しいと思ったのは、岐阜県・根尾の淡墨桜も古木で、花のない時期でも風格があって、絶対的な存在感を感じる」と。亡妻も桜が好きだった、生きていれば72歳の姥桜?。