言葉の選び方や伝え方によって、相手に与える影響は大きく異なる。否定的な言葉や、相手を責める言葉は、相手の心を傷つけ、自信をなくさせてしまうことがある。一方、励ましの言葉や、相手の頑張りを褒める言葉は、相手の心を温め、やる気を引き出すことができる。言葉の力は非常に大きく、ちょっとした言葉が人を傷つけたり、心を温めたりする。
質素な生活ぶりから、世界で一番貧しい大統領とも呼ばれてきた南米ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領が逝去。貧困対策に注力し、ウルグアイの発展のために多大なる貢献をし、欲望の尽きない社会を批判。「貧乏な人とは物を持っていない人ではなく、物がいくらあっても満足しない人だ」「物を買うというのは、稼いだ金ではなく、人生の時間で買っているのだ」「私たちは非常に多くの矛盾を抱えている。私たちは幸せに生きているのか、自らに問い直すべきだ」「残酷な競争で成り立つ消費社会で、共存共栄の議論はできるのか?」と世界に訴えた。
もうそろそろ行政書士の引退時期かと考えていた時、所属する行政書士会から、喜寿の祝いを戴いた。これはもう少し頑張れ!なのか、それともそろそろ!のサインなのか?。そんな時、映画「九十歳。何がめでたい」を鑑賞した。現在101歳の佐藤愛子が綴ったエッセイ集の「九十歳。何がめでたい」が原作で、主人公役を草笛光子(演者時90歳)が演じている。映画は主人公が年を重ねることでの本音が。何がめでたい!とヤケクソ気味に、愚痴ったり嘆いたり呟いたりに、ゲラゲラ笑いながら鑑賞した。映画の中で、50代の編集者役の唐沢寿明(家庭より仕事優先でセクハラ、パワハラをくり返し、部下に煙たがられて異動になってしまう。昭和時代の典型的な“昔の価値観”を背負った役)に向かって、「いい爺さんなんてつまんないわよ。面白~い爺さんになりなさいよ」と。
もう少し行政書士を頑張ってみようかなと思った。
私は昭和22年生まれで昭和を42年間生きてきたが、1926年に昭和が始まってから今年で昭和百年目だとか。そこで、百に関する言葉を幾つか。☆人の世に、道は一つということはない。道は百も千も万もある。(司馬遼太郎:小説家、1996年没)☆百年生きるつもりで働け。明日死ぬつもりで遊べ。(ベンジャミン・フランクリン:米国独立宣言起草者の1人)☆風鈴を百年同じ釘に吊る。(山崎祐子:俳人協会会員)。そして、百歳以上生きた長寿の双子姉妹”きんさん・ぎんさん”は、「心の皺は生やしちゃいかん」「人間は足から死ぬ(毎日歩くことで足腰を鍛える)」と。
プレーリーハタネズミは、一夫一妻制で、ペアは生涯解消されないなのだとか。ペアは絆を築き,巣を共有し,共に子育てをする。パートナーがストレスを受けているときは自分もストレスを感じ,相手に触れることで慰め合うなど,共感のようなものまで示す。ところがアルコールを飲ませると、オスの妻への愛情が下がるのだとか。他に一夫一妻制動物は、オオカミ、タヌキ、ハクトウワシ、クロコンドル、ペンギン、アホウドリ、チョウチンアンコウなどだとか。人間は?。ところで歓迎会の時期で飲酒機会も増えそうだが飲み過ぎには注意しましょう。
桜の開花日などを観測する基準木がある。高山市の開花宣言の基準木は、飛騨高山の人気観光スポットである「赤い中橋」の袂にある「中橋の桜」だが、今年の桜開花宣言は春祭りの4月15日だった。そして、その桜は今満開だ。ところで金子大栄師は、人は死ぬことによって肉体的には消えても、その人の死をかなしみ、「いたみ」「とむらう」者がいるかぎり、その人の「花」は散らない。花びらが散っていくのであって、花そのものはまた来年再来年、その時期に咲いてくると教える。
故金子大栄さん(真宗大谷派僧侶1976年没)は、「人生の”長さ”はその人の一期、自分ではどうにもならぬもの。健康長寿にばかり目を向けるのではなく、”幅”と”深さ”の尊さに目覚めることも大切なことです」と。「”幅”とは、生きている間にいただく様々な出会いやご縁のこと、そして”深さ”とは、そのいただいた出会いやご縁をきちんと受け止め、どこまで自分の人生の厚みとして消化していけるかではないか」と。
この4月小中高大と多くの新入生が誕生した。入学式の歓迎挨拶から。☆地域と関わり、社会や自分の将来を考える機会が数多くある。キャンパス内外で経験を積み、大きく成長してほしい(三浦福島大学長)☆未来は、今まさに、この瞬間から始まる。ともに学び、成長し、そして、より良い社会、ありたい未来の実現を目指そう(中村信州大学長)☆悠仁親王が入学された永田筑波大学長は、「本学は多様な分野が協業する研究型の総合大学。豊かな未来社会を実現するために日々の研さんに励もう」と。
アメリカ大統領の政策や演説などが「嘘か誠か虚言か」でメディアを賑わしている。 今日はエイプリルフールだ。嘘に関わる言葉をいくつか。☆嘘には二種類ある。過去に関する事実上の嘘と未来に関する権利上の嘘である。(ルソー嘘:哲学者-没年1778年)☆嘘つきがいつでも必ず嘘をつくとしたら、それはすばらしいことである。(エミール・オーギュスト・シャルティエ:哲学者-没年1951年)☆人々がいつでも、正直なことをいうのはなぜか。神が嘘を禁じたからではない。それは、嘘をつかないほうが気が楽だからである。(ニーチェ:哲学者-没年1900年)☆嘘は、生き続けることなどできない。(ング牧師:没年1968年)。
一昨日彼岸の日曜日お墓参りをしてきたが、今年は暖かった。仏教では太陽が真西に沈む春分の日と秋分の日は、あの世(彼岸)とこの世(此岸)が最も近づく日とされている。ところで、太宰治は、「善悪の彼岸という言葉がありますね。善と悪との向う岸です。倫理には、正しい事と正しくない事と、それからもう一つ何かあるんじゃないでしょうかね。ただもう、物事を正、不正と二つにわけようとしても、わけ切れるものではないんじゃないですか……(小説「春の枯葉」)」と。イスラエル・ガザ戦争も露・ウクライナ戦争もそれぞれが正義だと主張しているが……。