マスク不足に続き、トイレットペーパー不足もニュースに。しかしトイレットペーパーは大丈夫との報道も有り安心していたが、我が家の在庫は3ロール。2日間で3つの行列に並び14件目の店でようやく1袋ゲットした。マスクは今回コロナの影響で需要は増えているが、ペーパーの年間使用量は一緒だ、だから買い溜めしても家の在庫が増えるだけなのに不安で行列に並ぶ人もいた。ところで、新型コロナの政府の後手後手対応について非難の声が行列でも聞こえた。今必用なのは、緊急事態宣言の根拠となる法律より、普通に検査できる体制と危機を裏付ける正確な情報なのでは。一茶も情報不足には嘆いてるかも。
言い訳をする人の心理は、①「自分が一番悪いわけではない」と伝えたい。②人に嫌われたくない・失望されたくない。③早く渦中の人でなくなりたい。④怒られるのが怖い。⑤自分の評価に傷がつくのが怖い。⑥ 人間関係を悪化させるのが怖い等々。言い訳は、信頼関係にマイナスの効果を与えることが分かっているのに、一度も言い訳をした人はいないだろう。ところで、秋から冬になったのに桜の話題が絶えない。 安倍総理の「桜を見る会」の運営を巡る批判に対する回答を「言い訳」と考えればなるほどと思えなくもない?
平凡な句にも思えるが、これは芭蕉が晩年主君を偲んで詠んだ句だ。句意は、「今は亡き主君の庭前に昔のように咲き乱れている桜を見て、芭蕉が若い時主君に仕えた日のことなど、この桜にまつわるさまざまのことが思い出されてならない」と。ところで、安部総理主催の「桜を見る会」は、「国費で行われる会を私物化した」等と批判が高まっていいる。そのためか、来春の開催は中止されるというが、今年「桜を見る会」に参加した1万8千の人達は、今何を思い出しているのだろうか
飛騨千光寺(高山市)は高野山真言宗の寺院で1600年の歴史がある。当寺院の本尊「千手観世音菩薩(秘仏)」の御開帳大法会(7年振り)があり、先週お参りをしてきた。その時の大下大圓住職の法話から。「観音とは音を観ると書く、見えない世界を観ることが大事。今日は本尊をお参りをして金剛神を獲得していただきたい。金剛は金剛石つまりダイヤモンドのこと。金剛石も磨かないとダイヤモンドにならない。人間の心も磨かなければ光らない、是非心を磨いていただきたい。本尊にはお願いしますではなく、ありがとうございますと唱えてください。ありがとうという感謝の心、慈悲の心が、心を磨くスイッチをオンにする」と。

千光寺には、円空作の仏像63体や両面宿儺像等が有り千光寺の五本杉(国の天然記念物)も有名。
出張中の自動車から走行中に見た風景。岐阜市芥見近辺の郵便局で、園児が数十人行列をしていた。各自が手に手紙らしきものを持つ先には、先生と赤い郵便ポストが待っている。運転中想像する。多分人生初の手紙だろうが何を書いたのだろうか?手紙の宛先はパパやママそれとも?字が書けない子はどんなお絵かきをしたのだろうか?走行中手紙を貰った人を想像しながら運転した。年甲斐もなく楽しくなった。
春山氏は、二十代で進行性筋ジストロフィーを発症し、数年後には首から下の自由を失う。介護機器の開発販売などを行う「ハンディネットワークインターナショナル」を設立、「車椅子社長」として知られていたが、2014年2月60歳で永眠。自らが被介護者となった春山さん、様々な介護用品を開発・製造。開発した特殊浴槽は寝たきりの人でも、ゆったりと入れあまりにも気持ちよさそうな表情を見せる高齢者を見たヘルパーが、思わず泣き出したというエピソード。故人は「自分と他人を比較するな。あくまでも自分は自分であり、他人は他人。周りから、あーだこーだと言われても、自分が強烈な憧れを持ち素直に自分の信じる道を歩むべきだ」「失くしたものを数えるな」とも。強い人だった。
稀勢の里が引退した。先代親方(元横綱・隆の里)から「勝って喜ぶのは相手に失礼」と教えられ、無口で愚直、喜怒哀楽を抑え「勝っておごらず負けて腐らず」と昔ながらの力だった。中学の卒業文集に「天才は生まれつきです。もうなれません。努力で天才に勝ちます」と書いて横綱になった稀勢の里。努力が天才を負かす相撲がもっと見たかった。
「モナリザ」を描いたレオナルド・ダビンチは画だけでなく、音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野に顕著な業績と手稿を残した。昨年ダビンチの絵画「サルバトール・ムンディ」(世界の救世主)が、史上最高額の約510億円で落札された。自立式電波塔として高さ世界一(2011年現在)である東京スカイツリーの建設費500億円を上回ったのは驚きだ。もし、ダビンチが東京スカイツリーの展望から東京を見下ろしたら、どんな日本人の心を描いてくれるのだろうか。
中秋の名月は、陰暦8月15日の夜に見える月で、今年は9月24日が相当する。昨日は中秋の名月だったが、本日の9月25日が満月(十五夜)と、中秋の名月と満月の日付が1日ずれている。国立天文台暦計算室によると、名月=十五夜=陰暦15日の夕方に出る月という決め方は単純だが、必ずしも満月が、月と太陽が地球を挟んで反対側に来る瞬間が同じ日になるとは限らない。陰暦15日は月齢14.0を含む日、月の満ち欠け周期の半分は29.5÷2≒14.8なため、満月が後になることが数年に一度ある。本日は十六夜(満月の翌晩は月がためらって出る「いざよい月」)、9月26日(十七夜:月の出が早いので立ってまてる「立待ち月」)、9月27日(十八夜:月の出が遅いので座って待つ「居待ち月」)、9月28日(十九夜:寝て待つ「臥し待ち月」)、9月29日(二十夜:夜更けの「更け待ち月」)と秋月に魅せられる日が続く、心澄まして月を愛でたいものだ。
猛暑が消費を刺激、国内景気が4ヶ月振りに改善だとか。我が家もエアコンとビールの消費は増えたようだ。ところでビールは1ℓ飲めても水は1ℓ何故飲めないのか。水は飲んでもほとんど胃で吸収されず、腸へ流れていくまでは胃の中に溜まってしまう。ビールにはアルコールが含まれおり、胃でアルコールを吸収する際に水分も一緒に吸収される。そのため、水に比べてビールは胃に溜まりづらく、たくさん飲むことが出来る。また、ビールには利尿作用があり、排泄する頻度も水に比べて高くビールは水よりたくさん飲めるのだそうだ。