(「折々のことば-8/28朝日新聞」から)今は亡き臨床心理家、河合隼雄との語らいの中で、司が「どこか欠けている」と思っていた絵を河合は褒めてこう言った。ただし司が綴った架空の対話の中でのこと。欠けている所に心のかたちが表れる。だからきっかけは歪でもいい、いやそのほうが魅力が備わると、河合なら言ってくれたはずと装幀家は思う。「本の魔法」から。
人間には、潤いが大切である。閏「うるう」という読みは、閏と潤を混同して「うるおう」という読みがなまったものだという説もあるようだ。ところで、閏年に開催される五輪が閉会した。日本にとって毎日がメダルのリオ五輪だったが、今回リオ五輪では公開プロポーズを行うカップルが続々と出没したようだ。かつてイギリスでは、4年間のうちでこの閏日にだけ、女性から男性へのプロポーズが伝統的に公認され、男性はそれを断ることはできないとされていたそうだ。婚活中の貴方、知ってました?。4年後の2月29日まで待てますか?。
戦時下、海軍大佐の夫を病で失い、長男は戦死、特攻死を免れた次男も一時行方不明。それでも母は軍人の妻として一度も涙を見せなかった。「そういう時代に居合わせてしまったから」と言う母に娘がこう返した時、母は初めて落涙したと湯川れい子は語る。敗戦時、「辱めを受けそうになったらこれで自害を」と渡された懐剣は今も押し入れにあると。(折々の言葉-8/15朝日新聞から)
自分の親は父母の2人、そのまた親(祖父母)は4人、そのまた親(曾祖父母)は8人。これを10代遡ると1.052人、20代遡ると1.048.576人となる。今上天皇は125代目、これを計算すると、「4.2535295865E+37」(「E+37」=10の37乗)。つまり、42澗5352溝9586穣5117じょ(禾+予)3000垓です。数字の単位は、澗(かん)、溝(こう)、穣(じょう)、じょ(禾+予)、垓(がい)、京、兆、億、万だそうだ。昨日、その陛下から、「次第に進む身体の衰えを考慮する時、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」 と、生前退位についてのお言葉があった。世論も陛下のお気持ちをしっかりと受け止めたいとの声が多いようである。
島津公は、薩摩藩の富国強兵に成功した幕末の名君の一人である。◆西郷隆盛ら幕末に活躍する人材も育てた。◆斉彬が薩摩藩主時代に鹿児島で為そうとしたことは明治政府の政策そのものだと言う人もいる。◆米国のペリーに開国を迫られたとき、幕府は筆頭老中阿部正弘の提案で広く意見を求めた。そのとき時、島津公は「冒頭の名言(勇気ある決断力の無い人は役に立たない)」と語った。◆都民ではない私だが、東京都知事に当選した小池氏に島津公の言葉を贈りたい。◆なお島津公は、「十人が十人とも好む人材は非常事態に対応できないので登用しない」とも語っている。