ブログ・今週の名言

 名言や格言といわれるものは、ときには自分の行動を変えてしまうような教訓であったり戒めであったり、今までの価値観や物事の考え方を変えてしまう力があります。

 故人、偉人に限らず、後期高齢者である私の心に響いた言葉や優れた言葉などを毎週火曜日に「今週の名言・一言・つぶやき」で呟いていきます。

ブログ一覧

今週の名言・一言・つぶやき
「涙の分だけ、強くなれ。傷ついた分だけ、優しくなれ。打たれた分だけ、大きくなれ。負けたくないなら、強くなれ。転んだら何度も、立ち上がれ。「今に見てろ」と、笑ってやれ。(折原みと:漫画家)」

沢山の涙も見せてくれたパリ五輪が終わった、柔道女子の阿部詩の敗退時の号泣。「武道家として、あれほど泣きじゃくるのはいかがなものか」「本当に頑張っていなければ、あそこまで泣けない」等々。準決勝で敗退した競泳女子の池江璃花子選手は、7分間立ち上がれず涙ながら絞り出すように言った「ここまでの努力は何だったんだろうと思う」。一方嬉し涙「団体の金メダルだけでお腹いっぱい。悔しい気持ちより、幸せすぎて涙が出ちゃって。悔いの残らない大会でした(体操・男子個人総合で連覇を期待されながら叶わなかった橋本大輝)」。「もう、うれしいんですけど、嬉しいだけじゃ足りないぐらい。本当に言葉にできないぐらいな気持ちで、いまだに実感がわかないです(女子やり投げで金の北口榛花)」。悔し涙、嬉し涙、おろおろ涙、感涙等様々をみせくれた五輪、ありがとう。

今週の名言・一言・つぶやき
「1年先を考えるなら、稲を植えよ。10年先を考えるなら、木を植えよ。一生を考えるなら、人を育てよ。(中国のことわざ)」

パリ五輪、日本男子バレーボールに期待していたが、イタリアに惜しくも2-3で逆転負け、48年ぶりの4強入りは叶わなかった。ところで、中垣内祐一氏は、1992年のバルセロナ五輪に出場するなど、バレーボール男子のスーパーエースとして活躍。2021年の東京五輪では、監督として全日本男子をベスト8に導く。そして、東京五輪監督引退後、実家の専業を継ぎ現在米作農家と福井工業大学教と兼業農家る。現在中垣内氏は稲を植えるとともに「バレーボールから米作りへ 人生二毛作」と兼業農家進行中だとか。

今週の名言・一言・つぶやき
「商売をする上で重要なのは、競争しながらでも道徳を守るということだ。(渋沢栄一:官僚、実業家)」

やっと会えた新札の栄一さん梅子さん柴三郎さんに。梅子さんのお札のNoは「AA614045KS」でプレミア価値あるAA券とはならなかった。ところで、日本資本主義の父とも言われる渋沢栄一。約500もの企業の設立や経営に関わり、約600もの教育機関・社会公共事業の支援と民間外交にも熱心に取り組み、数々の功績を残した。日本の資本主義の父と呼ばれるけれど、こんな逸話も残る。三菱の創始者である岩崎弥太郎から「自分と手を組めば、この国を牛耳れる」と申し込まれたが、きっぱり断った。「私は道義的な経営で生まれた利益を公平に分配することを考えていきたい」と断言したという。経営だけでなく、困窮者の救済や国際交流にも力を注いだらしい。自分ファーストに自社ファースト、自国ファースト…そんな姿勢一辺倒の思想がまかり通る現代だからこそかみしめたくなる言葉だ。

今週の名言・一言・つぶやき
「私たちは丸裸では生きていけなくて、色んな鎧を着ている。でも、鎧を厚くすればする程、中にある本当の自分は息が詰まって悲鳴をあげる。(小宮悦子:TVキャスター)」

トマトが美味しい時期だ。栄養豊富で、老化を抑制するビタミンEも含まれる健康野菜。そのトマトだが、茎を切り落とされると「悲鳴」を上げるらしい。イスラエルのテルアビブ大学の研究者は、世界で初めて植物が発する音を録音・解析した結果、ストレスを受けたトマトやタバコが通常の人間の会話に匹敵する大きさの音を発するらしい。昨日から大暑に入り暑い日が続くが、悲鳴をあげたトマト供養のため、暑い日はエアコンより衣服を脱いで冷たーいトマトを丸かじりするのもよいかも。

今週の名言・一言・つぶやき
「見えない未来を見つめる勇気。(馬場正尊:建築家)」

馬場氏は緑内障が進行し、視野が狭くなりどんどん目が見えなくなり障害者1級。だが、見えなくなっていくことで、その外の感覚は敏感になっている気がする。聞こえる音、吹いてくる風の空気感が鋭敏になっていると。NHKのTV番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」から『異端の建築家、馬場正尊。リノベーションの先駆者として、空き家や解体されるビルなど、見捨てられた建物をよみがえらせてきた。馬場が手がける場にはなぜか人が集い、笑顔が生まれる。新築の設計に疑問をいだき、傍流をさまよい続けた過去。失われゆく視力と残された時間。今、リノベーションのその先を示す設計に挑む。人の生き方をも変えると言われる馬場の建築、そこに込められた物語だった。』