日本陸上界に立ちはだかった10秒の壁。100m陸上で人類が初めて電気計時で9秒台に突入したのは、1968年にジム・ハインズ(米)が記録した9秒95で、それに遅れること49年。ようやく日本選手が10秒の壁を破って、9.98秒の日本新記録を達成したのが、東洋大の桐生祥秀さん。世界で126番目、歴代99位となった。人間のまばたきの速度は、0.1秒から0.2秒程度だそうだ。それと比べると、0.01秒がどれほど短いかよく分かる。そのほんのわずかな時間を縮めるための練習の日々があった。彼は「これがスタート」だと、目標はあくまで2020年東京五輪だと。彼にパッとまた新しい世界が広がった
萩本欽一さんは 2015年4月に駒澤大学仏教学部に入学した。その欽ちゃんが言う。『いま70代になってわかったのは、行く手が二つに分かれていることです。一方の道は人生でそれなりに成功し、そのご褒美に別荘を建てて、のんびりと余生を過ごす「老人」。片方は、自分がじいさんだとは思わない「年寄り」なんです。僕は老人にはなりません。やっぱり年寄りです。だって、こっちは「年が寄って」きたら、身をかわせばいいから。それで僕はいま大学に通っているわけです。80代になっても90代のなっても生きている限り挑戦は続けます。チャレンジのない人生なんて面白くないから』と。
なんと生意気な発言だと思ったら、発言者は史上最年少の14歳2か月でプロ棋士となった藤井聡太君(中学生)だった。その彼は、プロ棋士デビュー戦から18連勝と公式戦負け無しの連勝記録を更新中と時の人。だが、母親の次の一言には何故かほっとする「生活能力が低い。小学校を卒業した頃に、関西将棋会館(大阪市)での奨励会例会に一人で行かせたところ、服や傘を全て将棋会館に置いたままで帰宅した」と天才でもの一面が。しかし「考えすぎて、頭が割れそうと幼稚園のときに言っていた」と。これはやっぱり天才ゆえの一面か。
先週は横綱稀勢の里関の中学卒業時の言葉を紹介したが、今週は小学生の言葉を紹介する。
「サラダ記念日」で280万部(1980年)の大ベストセラ-となった歌人、俵万智さんの小学生の息子が上記の言葉をつぶやいたという。そしてこんな言葉も発しているそうだ。
『「先生ってさあ」と息子。「よく、前を見なさい!って言うよね」。まあ、あんたがよそ見ばっかりしてるからじゃない?「でもさあ、オレにとっては、見ているほうが前なんだよね」…ん?』『夕飯のとき、キュウリの漬け物を手で食べたので注意したら、「は・し・や・す・め」 と言われた』-俵万智さんのツイッターから。
4月は進学、就職の時期であるが、16年前中学を卒業して進学をしなかった「萩原寛」少年は卒業文集で上記の事を記している。とても中学生の言葉とは思えないが、その少年が第72代横綱稀勢の里である。横綱稀勢の里には様々な記録が在るが、最も素晴らしいもののひとつが「15年間の土俵生活で休場が1日だけ」。その1日の休場は、2014年1月場所の千秋楽。右足親指の故障が悪化し、何とか取り続けていたものの、ついに千秋楽は土俵に上がることが出来なかった。この取組は琴奨菊の不戦勝・稀勢の里の不戦敗という記録となるから、稀勢の里のキャリアには「休場の表記」は無いことになる。
大相撲春場所新横綱稀勢の里、終盤で怪我をし誰もが休場すると思っていたのに、千秋楽にテーピングしての登場。テープの下は内出血で真っ黒だったが、これを隠すためのテープだったのか。稀勢の里がまさかの逆転優勝を遂げた。新横綱での優勝は22年振りだという。「信じられなかった、目を疑った(舞の海) 」「今後に語り継がれる。本当にたいしたもの。(相撲協会八角理事長)」「”伝説の優勝”(2001年5月場所)横綱貴乃花以上!。相撲見てきて64年、最大の感動を覚えた(相撲ジャーナリスト)」等。稀勢の里関感動をありがとうございました。
東日本大震災から6年経ちましたが、マグニチュード9の東日本大震災は、地球の自転速度を加速させ、地球の自転速度の1日の長さが100万分の1.8秒短くなったそうです。事実なら、1522年後にマイナス1秒のうるう秒を設ける必要があるんだそうです。なお、地球の自転速度約は1700㎞で自転しており私達は新幹線の5倍以上の高速で回っているんだとか。
謹んで新春のお喜びを申し上げます。初夢はいかがでしたか
今年は酉年です。トリにちなんで、
ト ときには我を失うほど酔う事も人間の特権だ(山本周五郎:小説家)
リ 理想無ければ道徳無し (黒岩涙香:小説家・記者)
2017.1.1富士山(撮影:富士宮市)
一富士、二鷹、三茄子。初夢で富士山を見られなかったので、生の富士山を見てきました。

今年も残り僅か、貴方の今年の願いは叶いましたか。願いを一言だけかなえてくれるという奈良県御所市の一言主(ひとことぬし)神社にちなみ、明日への願いの「はがきの名文コンクール(齋藤孝賞-村上多慶子)」から。
〈旦那様へ/ あなたが亡くなってはや三十年になりますね/ 私は八十八才にもなり、 町の方の家で一人元気で自由に、静かに暮らしています/ あなた、もういつお迎えに来て戴いてもいいですよ/ 準備は出来ています/でもねー/ 明日は来ないでくださいね/ 明後日も来ないでくださいね/ 明明後日も来ちゃいやですよ/また、お手紙します〉
世界で最も貧しい大統領として知られる南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領(80歳)が初来日している。氏は昨年退任するまで5年間、大統領公邸に住まず、給与の9割を貧しい人々のために寄付し、月額1000ドル(約12万円)ほどで生活した。80年代から今に至るまで、首都郊外の農場で質素な暮らしを続けているという。「お金があまりに好きな人たちには、政治の世界から出て行ってもらう必要があるのです。彼らは政治の世界では危険です。お金が大好きな人は、ビジネスや商売のために身を捧げ、富を増やそうとするものです。しかし政治とは、すべての人の幸福を求める闘いなのです」と。アベノミクスは彼にどう答えるのか?。