今年最後の名言は、今年永眠された方々の言葉を集めました。永六輔さんは7月7日冒頭の言葉を残して83歳で先に行ってしまわれました。
☆大橋巨泉(タレント:7月20日逝去82歳)
『日本人ほど「ありがとう」という言葉を口にしない民族はそうそういませんね』
☆千代の富士(横綱:7月31日逝去61歳)
『プロはいかなる時でも、言い訳をしない』
☆田部井淳子(登山家:10月22日逝去77歳)
『二本の足でこれだけ長く歩くことができるのは、人間だけなんです。せっかく与えられた力なのですから、使わなくてはもったいない』
☆平尾誠二(ラグビー選手:10月25日逝去 53歳)
『時間って命の一部なんですよ。今の時間を大事にできない人は、未来の時間もきっと大事にはできない』 合掌
今年のノーベル医学生理学賞に選ばれ、授賞式に臨んだ大隅良典・東京工業大栄誉教授(71)。授賞理由となった細胞のオートファジー(自食作用)の重要論文4本のうち、2本の共同執筆者に妻萬里子さん(69)の名前がある。2人は学生結婚で萬里子さんは一時家計を支え、研究も二人三脚で歩んできた。「夫はいい加減でずぼらなのに、どうして実験がうまくいくのか不思議でしたね」興味を持ったら研究一直線で、家のことはほとんどお任せだという大隅教授。そんな彼の偉業の陰には、しっかり者の妻・萬里子さんの公私にわたる献身があった。
武蔵は、二刀を用いる二天一流兵法の開祖だが、芸術家としても後世に知られており、国の重要文化財に指定された『鵜図』『枯木鳴鵙図』『紅梅鳩図』をはじめ、水墨画・鞍・木刀などの工芸品を残している。ところで、二刀流で最近注目を浴びるのが、プロ野球日ハムの大谷翔平選手だ。史上初、投手と指名打者の二つの部門でベストナインに輝き今年のMVPに選ばれた。投げては165キロの快速球、打てば一番打者で初球本塁打とファンの度肝を抜いた。メジャーを熱望した少年は栗山監督の「誰も歩いたことのない道を進もう」の言葉で日ハムへ入団しスーパースターとなった。武蔵は「空を道とし、道を空とみる(注:道は武士としての道、空は迷いのない心)」「心常に道を離れず」との言葉も残している。大谷選手のメジャーでの二刀流も是非見てみたいものだ
最澄は、平安時代の僧で日本の天台宗の開祖。近江国滋賀郡古市郷に生れ、 12歳で出家、14歳で得度、法名を最澄とした。 19歳のとき比叡山に登り、草庵を構え思索の生活に入る。
世の中のほんの片隅でもいいから、明るくしてくれる人こそが国の宝であると語る最澄は、死に臨んで、弟子たちに「私のために仏を作り、経を写すなどするよりも、私の志を後世まで伝えなさい」と、いましめたのでした。
関西大学名誉教授の宮本勝浩氏試算によると人気者グループスマップ解散による経済損失額は「636億円」だそうだ。一方、働き者の蜂の経済価値は66兆円。花粉を運び農作物作りに貢献する蜂などの生物がもたらす経済的利益は世界全体で最大年5770億ドル(約66兆円)に上ると指摘した報告書を、国連設置の科学者組織「IPBES」が発表した。近年、蜂の減少が欧米などで顕在化し、ハチが自然界で担っている受粉活動に支障が出ており、報告書は「このままでは将来の食料供給が脅かされる」として各国に保全策の強化を訴える。
黒田博樹投手(広島カープ)が、日米通算200勝を達成した。◆彼の座右の銘は「耐雪梅花麗」だそうだが、まさに耐えて咲かせた大輪の花だ。昨年、大リーグからの20億円とも言われるオファーを蹴って、お金じゃないと育ててもらった広島で野球人生の集大成を選んだ、彼の男気は多くのファンを泣かせた。◆2014年夏、77人が亡くなった広島土砂災害があった。オフに帰国すると、すぐに被災地を訪ねた。「アメリカで頑張っていますね」と声をかけられると、「いえ、本当に頑張っておられるのは、あなた方です」と応じた。◆毎回、登板直前に「今日が最後の試合だったら、お前は何をするんだ」とバスケットボール界の神様とも言われるマイケル・ジョーダンの言葉をつぶやくという
先週岩手県への出張があり「奇跡の一本松(陸前高田市)」を観てきた。ガイドは新沼岳志さん。東日本大震災の津波の直撃を受け、7万本松の木がなぎ倒されて壊滅したが、一本だけ津波に耐えて残った。この松は震災からの復興への希望の象徴として、「奇跡の一本松」と呼んでいる。14.5mの津波が襲った「道の駅陸前高田松原(震災遺構)」の前で「我々が体験した震災について日々語っているが、時が経てば体験者は減っていく。『もの言わぬ語り部』を残しておかなければならない」と。「明治29年、昭和8年、昭和35年の津波のときも何も残してこなかった。書物やDVDで記録しても平時には誰も見ない。見たくなくても毎日目に映る震災遺構こそが訴える力になる。何も残せなかった地域は次第に人々が訪れなくなっている……」と。

父親の介護を続けるなかで、慣れない調理に苦労し、やがてそれが楽しみにすらなったのに、父が逝くと、とたんに料理をする気が失せた。自分だけのために調理をするのが面倒になった。自分がここにあることの意味は他者から贈られる。そのことを身をもって知った経営者の作家は、「自己決定」「自己責任」といった概念の虚(むな)しさを思う。「言葉が鍛えられる場所(第6回 生まれてから死ぬまでの時間)」から。(6/25朝日新聞「折々の言葉-鷲田清一」から)
今場所稀勢の里が9連勝と好調だ。そこで、大横綱の語り種から。大鵬は「巨人、大鵬、玉子焼き」と言われた人気者力士。実力だけでなく横綱としての責任感も人一倍だった。世紀の大誤審で大鵬は45連勝でストップした。この相撲がきっかけで、判定にVTRが参考に取り入れられる事になったが、大鵬は「(勝敗で誤解を招くような)あんな相撲を取った自分が悪い」と。しかし、彼は酒豪番付でも横綱だった。1晩に1斗飲んだこともあるといわれ、親友の王貞治(プロ野球界の酒豪)と飲み比べ、酔いつぶれた王がひと眠りして起きると変わらないペースで飲んでいたという。また、場所中明け方まで飲んでいて付け人から「横綱、今日は大関戦ですが」と心配されると「どうして俺が大関とやるのに寝なきゃいけないんだ」と豪語したとか。
「私の折々のことばコンテスト」(朝日新聞社主催)最優秀賞:瀬戸くるみさん(さいたま市立大宮八幡中1年)から。
『「おばあちゃん、この人百歳だって。」96歳のおばあちゃんになにげなく言ってしまった言葉。テレビでは百歳のおばあちゃんが元気に肉をもりもり食べて、シャキシャキ歩いている。それを見て咄嗟に出てしまった言葉。あっマズイ。おばあちゃん、傷つけちゃったなあ。◆そんな時、おばあちゃんはこの言葉を返してきた。それもかなり強い口調で。私は胸をぐっとつかれた。◆おばあちゃんは、自分が寝たきりで、もう動けないことをちゃんと受け入れて生きている。そして、「わたしゃ口の達者さは百歳に負けておらんよ。」とニカッと笑って見せてくれた。』
『おばあちゃんが忘れても、私は一生忘れない。◆物知りでおもしろくて、色んな話をしてくれる大好きなおばあちゃん。◆「自分は自分」ということを、わかっているつもりでも不安になることがあります。おばあちゃんに言われて「やっぱりそうだ。それでいいんだ」と。おばあちゃんはこのことを忘れているかもしれないけれど、私には一生忘れられないことばです。』