萩本欽一さんは 2015年4月に駒澤大学仏教学部に入学した。その欽ちゃんが言う。『いま70代になってわかったのは、行く手が二つに分かれていることです。一方の道は人生でそれなりに成功し、そのご褒美に別荘を建てて、のんびりと余生を過ごす「老人」。片方は、自分がじいさんだとは思わない「年寄り」なんです。僕は老人にはなりません。やっぱり年寄りです。だって、こっちは「年が寄って」きたら、身をかわせばいいから。それで僕はいま大学に通っているわけです。80代になっても90代のなっても生きている限り挑戦は続けます。チャレンジのない人生なんて面白くないから』と。
萩本欽一さんは 2015年4月に駒澤大学仏教学部に入学した。その欽ちゃんが言う。『いま70代になってわかったのは、行く手が二つに分かれていることです。一方の道は人生でそれなりに成功し、そのご褒美に別荘を建てて、のんびりと余生を過ごす「老人」。片方は、自分がじいさんだとは思わない「年寄り」なんです。僕は老人にはなりません。やっぱり年寄りです。だって、こっちは「年が寄って」きたら、身をかわせばいいから。それで僕はいま大学に通っているわけです。80代になっても90代のなっても生きている限り挑戦は続けます。チャレンジのない人生なんて面白くないから』と。
なんと生意気な発言だと思ったら、発言者は史上最年少の14歳2か月でプロ棋士となった藤井聡太君(中学生)だった。その彼は、プロ棋士デビュー戦から18連勝と公式戦負け無しの連勝記録を更新中と時の人。だが、母親の次の一言には何故かほっとする「生活能力が低い。小学校を卒業した頃に、関西将棋会館(大阪市)での奨励会例会に一人で行かせたところ、服や傘を全て将棋会館に置いたままで帰宅した」と天才でもの一面が。しかし「考えすぎて、頭が割れそうと幼稚園のときに言っていた」と。これはやっぱり天才ゆえの一面か。
一昨日は母の日だったが「母の日川柳」から。『神ってる ただいまだけで 読む母さん』。声のトーンだけで心を読んでしまう母親 。母という漢字は、女という字が元だという。女は、しとやかに跪いた女の姿の象形文字。母は女に二つの乳房を加えた形。女の字の胸のところに乳房を意味する点を加えて、母になる。もう一句「古希にして 卒寿の母に 小突かれて」。古希を迎えた私だが、母は3年前に白寿で逝った。

君は70年前に生まれたが、その誕生は稀な存在だった。「戦争はやめる、そのための武力も持たない」。その君は5月3日に70歳の誕生日を迎えた。70歳と言えば「古来稀(こらいまれ)なり」の古希だ。他国から見て、君は生まれた時から「まれ」な存在だった。そして君のおかげで70年間武力行使をしない国も「まれ」だった。しかし今、君という憲法を変えようとする動きがあるが、君はどう思うのだろうか。-憲法記念 日に思う-
著名な数学者の秋山仁さんは、いつも卒業式では上記の詩を送る事にしているんだそうです。この詩は舟の航路を人生の行路と重ねており、同じ風を受けても舟はいろんな方向に向かう。ある舟は東に進み、また他の舟は同じ風で西へ進む。行くべき道を決めるのは疾風ではなく帆のかけ方である。人生も「魂の構え」とは志(将来どんな事をしたいか、何を成し遂げたいか)のことであり、その志によって進む道が変わる。「風」はそれぞれの人のおかれた環境や状況である。人生には、凪や嵐の時があるだろうが、「志」があれば、「嵐」の日が続いても頑張ることができますと、秋山さん。
この4月定年で新たな人生を迎える人も多いだろう。しかし、「終わった人(著-内舘牧子)」の書き出しで始まる小説は、シニア世代には衝撃的でもある。この小説では、まだ60代という若さで定年を迎える男の『その後』が語られている。そして、内舘さんは小説の後書きに「定年になったら誰もが一直線」だと。また、どんなに地位や肩書きがあろうと、そこからは衣を脱ぎ捨てて、歩き始めることだと。
先週は横綱稀勢の里関の中学卒業時の言葉を紹介したが、今週は小学生の言葉を紹介する。
「サラダ記念日」で280万部(1980年)の大ベストセラ-となった歌人、俵万智さんの小学生の息子が上記の言葉をつぶやいたという。そしてこんな言葉も発しているそうだ。
『「先生ってさあ」と息子。「よく、前を見なさい!って言うよね」。まあ、あんたがよそ見ばっかりしてるからじゃない?「でもさあ、オレにとっては、見ているほうが前なんだよね」…ん?』『夕飯のとき、キュウリの漬け物を手で食べたので注意したら、「は・し・や・す・め」 と言われた』-俵万智さんのツイッターから。
4月は進学、就職の時期であるが、16年前中学を卒業して進学をしなかった「萩原寛」少年は卒業文集で上記の事を記している。とても中学生の言葉とは思えないが、その少年が第72代横綱稀勢の里である。横綱稀勢の里には様々な記録が在るが、最も素晴らしいもののひとつが「15年間の土俵生活で休場が1日だけ」。その1日の休場は、2014年1月場所の千秋楽。右足親指の故障が悪化し、何とか取り続けていたものの、ついに千秋楽は土俵に上がることが出来なかった。この取組は琴奨菊の不戦勝・稀勢の里の不戦敗という記録となるから、稀勢の里のキャリアには「休場の表記」は無いことになる。