「寒い晩だな」「寒い晩です」妻の慰めとは、まさにかくの如きものなり (斎藤緑雨 明治の小説家・評論家)
家族 妻と死 岐阜県郡上市白鳥町のスキー場「ウイングヒルズ白鳥リゾート」が先週の10日、西日本のトップを切ってオープンしたという。初滑りを待ちわびた全国のスキーヤー、スノーボーダーが雪の感触を楽しんだとのニュース。 寒風身にしむ、冬支度の季節とはいえ、7歳年下の妻に先立たれたわが身には一段と寒さがキツイ
四季は、なほ、定まれる序あり。死期は序を待たず。死は、前よりしも来らず。かねて後に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。 (吉田兼好 法師)
「徒然草」で法師は述べている。四季の変化は、春夏秋冬と一定の順序があるけれども、死は順序を待つことなく不意にやってくる、人はみな無常の身であると。死は未来から向かって来るだけでなく、過去からも追いかけてくる。人は誰でも、死の来ることを知っているが、そんなに急にやってくるとは思ってもいないと。
六十歳は人生の花、七十歳で迎えがきたら留守だといえ。八十歳で迎えがきたら、早すぎるといえ。九十歳で迎えがきたら、急ぐなといえ。百歳で迎えがきたら、ぼつぼつ考えようといえ。 (仙厓和尚 禅僧)
岐阜県美濃国生まれの仙厓は「祖死父死子死孫死」こそめでたいとも言っている。先に生まれた者から順に死んでいくことはめでたいと。しかし、7歳年下の我妻は、家族が心の準備をする間もなく、病で先々週逝った。和尚の言う、人生の花を迎える前の58歳の生涯だった。
求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁には名誉と賞賛を得る。 (アーネスト・シャクルトン アイルランドの探検家)
毎年10月20日は新聞広告の日だそうだが、1913年アーネストは、ロンドン新聞の片隅に、南極横断探検隊員を募集の広告を出したという。ほんの小さなスペースであったが、このインパクトあるメッセージ、15歳の少年を含めた約5000名の応募を集め話題となった
感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく。 (松下幸之助 実業家)
今年のノーベル賞の受賞が決まった京都大の山中伸弥教授は、家族や仲間のおかげだと感謝を述べ。また、受賞決定後の講演で、会場の若者に「失敗は成功の元。ジャンプしようと思ったら一度かがまないと跳べない。失敗を恐れず、思いきりかがんでほしい」と激励した。ジャマ中様おめでとうございます
人生は、50歳とか60歳で前半・後半と分れるものではありません。ハーフタイムはだんだん後に来ます。そしてあとにくる人生の方が濃縮するのです。(日野原重明 医師)
10月4日は日野原氏の101回目の誕生日だった。3年先のスケジュールまで詰まっている101歳の元気な百寿者が注意していることは①一日5000歩以上歩く努力②30歳時の体重・腹囲を維持する食事③うつむけに寝て2分で熟睡④下着は薄着で上着で寒暖調整⑤考える事。集中していればお腹は空かない⑥書くこと。読書で引き出しを多くしておく。
どの時点での喜びが、一番大きいかと聞かれれば「今」と答えるしか、ありません (三浦敬三 プロスキーヤー)
今日は国際高齢者の日。「101歳の少年(著-三浦敬三)」から、上記言葉の前段は「今日もスキーが出来た。明日、また新しい雪山に登る。そんなふうにした毎日を送っているから、どの時点での…」とある。氏は、100才まで元気の秘訣は毎日努力するということじゃないでしょうかと。99歳でモンブラン山系のヴァレブランシュ氷河からのスキー滑降を成し遂げ、100歳では、アメリカのスノーバードで、親子孫曾孫の4世代での滑降を行った(息子は三浦雄一郎)。101歳没
人間はいつ死んでもいいと思うのが、悟りやと思うておった。ところがそれは間違いやった。平気で生きていることが、悟りやった。 (宮崎奕保 永平寺貫主)
先週に続き貫主の言葉。正岡子規の「病状六尺」という本は、人間はいつ死んでもいいと言うのが悟りだと思っておった。ところがそれは間違いやった。「平気で生きておることが悟りやった」と。わかるか、平気で生きておることは難しい。死ぬときが来たら死んだらいいんやし、平気で生きていられる時は、平気で生きておったらいいのや
身体と心は一つ、身体を真直ぐにすれば心も真直ぐになる(22.5.28の一言の再掲) (宮崎奕保 永平寺貫首)
今日は敬老の日。私の母は「猫背はダメだ胸を張って歩け」と今も私に言う。来年白寿を迎える母の腰は90度近くに曲がったが、杖も使わず歩いてる。その母がテレビを見ていてつぶやいた「最近の総理の鳩山さん、菅さん、野田さん。皆、猫背だな」と。
一歩ずつ運べば、山でも移せる (白川静 漢文学者)
彼は「字頭」「字訓」「字通」の字典を執筆した。彼は、渡部昇一との対話集「知の愉しみ知の力」で、彼が91歳の生活を語っているが、毎日きちっと30枚原稿を書くという。また、「同じことを続けると摩擦も少ないし消耗も少ない。いわば長持ちする」と。96歳没で没するが、天が猶予してくれるから遊んでおれない、温泉なんか行けないと仕事一途の生活だった。