旧東海道53次街道を京都から日本橋に向かってウォーキングに挑戦。平成27年5月31日京都の三条大橋を出発。月1回程度の参加、当初100人以上の参加者だったが、その後減少参加者が24名となったところで旅行企画会社が計画を中止。53宿中残りは16宿(興津宿~日本橋)だった。相棒(喜多さんこと辻雅宏)と弥次喜多コンビで地図とスマホで旧道を探し日本橋へ向かった。495㎞を足掛け3年、延べ43日間で平成30年3月2日12時53分(偶然にも53分)に到着出来た。

H30.3.2 弥次郎兵衛(山下)喜多八(辻)、日本橋近くの蕎麦屋で祝杯

翌日H30.3.3 東京で出迎えてくれた友人の上谷君と。 水上バスで浅草への途中
冒険家の荻田泰永氏が日本人初の「南極点無補給単独徒歩到達」とのニュースが今月あった。荻田さんは、2017年11月に南極大陸の海岸を出発し、テントや食料などを積んだ重さ100kg余りのソリを引きながら直線距離で126㎞を50日かけて外部からの補給なしで、単独での南極点到達に成功した。同じ形での南極点到達は世界では25人ほどが達成しているが、日本人は初めて。 荻田さんは「1歩を積み重ねていけば、困難な道も歩ける」と。
よき新春を迎えられたことと、お慶び申し上げます。旧年中はひとかたならぬご厚情をいただきありがとうございました。本年もよろしくご指導の程お願い申し上げます。
今年初めてのつぶやきとなりますが、2010年1月1日にホームページを開設、翌週の1月8日から「今週のつぶやき」開始しました。今回が416回目の「今週のつぶやき」となり、満8周年を迎えることとなりました。私古希を過ぎましたが、故松下翁から恥ずべきだと言われないようにがんばりたいと思います。
よき新春を迎えられたことと、お慶び申し上げます。旧年中はひとかたならぬご厚情をいただきありがとうございました。本年もよろしくご指導の程お願い申し上げます。
今年初めてのつぶやきとなりますが、2010年1月1日にホームページを開設、翌週の1月8日から「今週のつぶやき」開始しました。今回が416回目の「今週のつぶやき」となり、満8周年を迎えることとなりました。私古希を過ぎましたが、故松下翁から恥ずべきだと言われないようにがんばりたいと思います。

元旦に河口湖から富士山を望む。
一富士二鷹三茄子の一説には、徳川家康ゆかりの地・駿河国の高さは、一位から順番に富士山、愛鷹山、初物の茄子の価格が高かったとの説もある。
TVで大活躍中の笑福亭鶴瓶さん。その師匠の笑福亭松鶴(1986年逝去)は、「品行が悪いのは構へん。品性が悪いのは、咄家として向いてへんのんや」と。品性は人柄、人品といわれる本性のことだが、品行は、酒癖、女癖が悪いといった行いをいう。両方揃うのが一番いいがそうでなければ、品行より品性が大事だ。ところで、今回の衆議院選挙では、不倫騒動で騒がれた愛知県の女性議員。彼女はこれだという政治家の道にこだわった結果、当選を果たした。有権者は品行より品性を判断したのだろう。

アゲラタム 花言葉は「信頼」「幸せを得る」「安楽」
私は定年後9年が経った。「定年後-楠新氏著」によれば、60歳からの自由時間は8万時間。それは、20歳~60歳まで勤めた総労働時間より多い。定年後をどう充実させるか。著者は、60歳から比較的元気な74歳までを黄金の15年と位置付け、人生は後半が勝負という。タレントのタモリは「大学は60歳以上からしか入れないってことにしたら、定年しても路頭に迷わなくてすむんじゃないの?。そうすると、コンビニの店員は60歳以上ばかりになるんだ。合コンも60歳以上ばっかりになるよ」と。

ネリネ 花言葉:「また会う日を楽しみに」「忍耐」「箱入り娘」
昨日は敬老の日だった。全国の65歳以上の高齢者人口は推計で3514万人となり、総人口に占める割合が27.7%、90歳以上は初めて200万人を超え、206万人。岐阜県の100歳位以上は、1074人で最多を更新。人口10万人当りの100歳以上の高齢者は、53.12人(全国平均53.43人)、市町村別では、白川村189.87人がトップだという。
松永安左エ門は1971年逝去、享年96歳。明治~昭和時代の実業家。大正11年東邦電力を創立,昭和3年社長。昭和24年電気事業再編成審議会会長となり、現在の9電力体制を推しすすめ、「電力の鬼」とよばれた。

花言葉の意味は「長寿」「長命」
将棋で注目を浴びる中学生の藤井聡太棋士、現在の勝率は、38勝4敗で勝率は9.04割。しかし、甲子園の優勝校は、勝率10割なのである。今年、甲子園を目指した高校は3839校。一度負ければそれで終わる。一度も負けないチームが優勝校だ。つまり勝率10割なのだ。一方で、地方予選で負けた高校も甲子園の決勝で負けた高校も負けた回数はたったの1回なのだ。今年の栄誉は花咲徳栄(埼玉)高校に輝いた。ところで、阿久悠は無類の夏の甲子園ファンだった。夏の甲子園の高校野球をすべてテレビ観戦するという。この時期は仕事は入れない。画面から目を離したくないから、昼食は丼物に限定したそうだ。
春の訪れが遅い飛騨地方では、季節の行事をひと月遅れで祝う風習が残っています。5月1日から6月5日まで鯉のぼりがあがり、6月5日に端午の節句を祝います。ところで、5月のすがすがしい晴れの日、五月晴れに舞う鯉のぼりとよく言いいます。しかし、五月晴(さつきばれ)とは、6月(陰暦の5月)の梅雨時に見られる晴れ間のことを言い。(ごがつばれ)と読む場合は、新暦5月の晴れの日を指すんだそうです。飛騨の(ごがつばれ)に舞う鯉は昨日で終わりました。
萩本欽一さんは 2015年4月に駒澤大学仏教学部に入学した。その欽ちゃんが言う。『いま70代になってわかったのは、行く手が二つに分かれていることです。一方の道は人生でそれなりに成功し、そのご褒美に別荘を建てて、のんびりと余生を過ごす「老人」。片方は、自分がじいさんだとは思わない「年寄り」なんです。僕は老人にはなりません。やっぱり年寄りです。だって、こっちは「年が寄って」きたら、身をかわせばいいから。それで僕はいま大学に通っているわけです。80代になっても90代のなっても生きている限り挑戦は続けます。チャレンジのない人生なんて面白くないから』と。