今週の名言・一言・つぶやき「原子力は生と死の両面を持った神である。 (オッペンハイマー:物理学者)」

原爆の父とも言われたオッペンハイマーは「我は死神なり、世界の破壊者なり。」とも言っている。8月6日は広島原爆忌、9日は長崎原爆忌。あれから72年を迎える。詩人、児童文学作家の故長田弘氏の詩文集『記憶のつくり方』のあとがきに「記憶は、過去のものでない。それは、すでに過ぎ去ったものでなく、むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。とどまるのが記憶であり、じぶんのうちに確かにとどまって、じぶんの現在の土壌となってきたものは、記憶だ」と。過去はまさに現在の中にある。

今週の名言・一言・つぶやき「怒ると、その相手よりも自分を傷つけてしまうものよ。 (オプラ・ウィンフリー 米:俳優、TV番組の司会者)」

怒りは時にはパワーとなるが、高齢になると気が短くなり、怒りやすくなるという。キレやすくなる原因のひとつは、脳の機能低下だとも。前頭葉が収縮して判断力がおとろえ感情の抑制が利かなくなるという。しかし、怒りの感情をコントロールする方法があるという。怒りを感じてから「6秒間」じっと待ち続けるだけで怒りが和らぐそうです。これを「アンガー(怒り)マネジメント」というそうです。カチンときたら6秒数えましょう。

今週の名言・一言・つぶやき「くやしくても、自分のところで争いを終わらせる。それが「ゆるし」です。戦争のない世の中をつくるためには、みんなが「ゆるし」の心を持つ必要があります。(日野原重明:医師)」

生涯現役医師だった聖路加国際病の院名誉院長、日野原重明氏が105歳で大往生。講演予定は10年先まで埋まってる。「長生きは人に恩返しをするチャンス、罪深い人ほど長生きしなきゃ」とユーモアたっぷり。よど号ハイジャック事件の人質を経験。「人生を誰かのために捧げようと決意。命は一人一人が持つ大切な時間、時間を誰かのために使うことで生きる意味を持つ」と命の授業で子供達に語る。105歳での大往生について、福井院長は「日野原先生は『年を取ること自体が未知の世界に一歩ずつ足を踏み入れていくこと。こんな楽しい冒険はない』とおっしゃっていた。まさにそんな気持ちで、自分の命がなくなる過程を客観的に眺めていたのではないか」と。なお、当欄では日野原氏の言葉を再三取り上げたが、今回で11回目となった。謹んでご冥福をお祈りします。

今週の名言・一言・つぶやき「若い頃に無駄に過ごした時間が、人生で唯一の自由であるかもしれない アニーター・ブルックナー(英:小説家)」

先週に続いて池谷裕二博士の言から、博士は無駄について次のように述べている。◆何かを進めるときって、ストッパーをはずす方法と、前に進む力を伸ばす方法との二種類がありますね。◆人間の体を見ているとおもしろいんですけど、ブドウ糖もそうやってつくられているんです。眠っている時には身体が動かないから、エネルギーをあまり使っていない。だったら、ブドウ糖をつくらなければいいのに、絶えずブドウ糖を10個つくって10個壊したりしている。◆これはムダのように思えるんですけど、急にブドウ糖の要る時には効きます。必要な時には10個つくるところを20個に増やし、10個壊すところを5個壊すとしますよね。そうすると20個マ年イナス5個で、差し引き15個も増やせる。◆ストッパーを半分にしただけだし、つくるほうもいつもの二倍つくるだけですから、ゼロだったところから15個つくるよりも、ずっと簡単にエネルギーを埋めるのです。ふだん脳がムダをしているのには、そういう意味もありますよ。◆一見無駄な活動が、実は「いざ」という時を見据えると無駄じゃないという、お話。

今週の名言・一言・つぶやき「記憶は入力よりも出力する機会が多いと定着する(池谷裕二:薬学博士、脳科学者)」

彼は、東京大学薬学部へ首席で進学しただけでなく、東京大学大学院の入学試験にも首席で合格している。そんな彼だが、人の顔をうまく認識できない先天性相貌失認症(脳障害による失認の一種で、特に「顔を見てもその表情の識別が出来ず、誰の顔か解らず、もって個人の識別が出来なくなる症状」)であることを公表している。顔と名前を一致させる苦労を「道端の石コロに名前が付いていて、微妙な形を区別しながら覚えていくといえばイメージが湧きますか?」と述べている。また、ネイチャー誌によると、脳は約1500人を識別できるそうです。ただし付き合いを維持できるのは約150人。ちなみに知り合いの数は平均500人。うち友人は40~50人、身近な人は12~15人、親密な人は2~5人だとか。

今週の名言・一言・つぶやき「われわれがすでに手にしている原始的な人工知能は、極めて有用であることが明らかになっている。だが、完全な人工知能の開発は人類の終わりをもたらす可能性がある。(ホーキング博士:車椅子の理論物理学者)」

「30連勝ならず」と敗れたことがニュースの一面を飾った藤井聡太棋士。彼は、将棋ソフトを積極活用して急速に力をつけた「AI(人工知能)時代の申し子」とも。AIといえば、ソフトバンク株式会社は、応募者をより客観的に、また適正に評価することを目的に、新卒採用の選考にIBMのAI(人工知能)「ワトソン」を活用するという。ワトソンを活用し、統一された評価軸による公平な選考を目指す。人事担当者が応募書類の確認に充てる時間を削減し、面談など応募者との対面での採用活動に多くの時間を使えるようにする狙いもあるという。ごまかしも、コネも通用はしない、挑みがいがあると発奮する学生もいるだろう。

今週の名言・一言・つぶやき「青年のくせにぐうたらだったり、怠けることを考えたり、快楽に溺れて平気でいたりする者は、理想を持たない現実の敗北者である。武者小路実篤:小説家」

私の誕生月である6月は、唯一国民の祝日が無い月です。しかし、6月2日は「ぐうたら感謝の日」の祝日だったという。実は1975年に、「6月に祝日がないのはおかしい」と、漫画どらえもん「のび太国」が制定した。この日を勤労感謝の日に対抗して「ぐうたら感謝の日」と定め、この日は国民全員が働いてはいけないとされた。 定年後の私は、毎日ブラブラ状態のサンデー毎日ですが、それでも6月に祝日が出来て欲しいですネ。

今週の名言・一言・つぶやき「60歳は人生の花。70歳で迎えがきたら留守だといえ。80歳で迎えがきたら、早すぎるといえ。90歳で迎えがきたら、急ぐなといえ。100歳で迎えがきたらぼつぼつ考えようといえ (仙厓義梵:禅僧)」

仙厓義梵(せんがいぎぼん)は、江戸時代の臨済宗古月派の禅僧、画家。禅味溢れる絵画で知られる。美濃国武儀郡で生まれ、11歳の頃清泰寺で臨済宗の僧となった。19歳になり行脚の後に月船禅彗の門下に入る。32歳で印可を受け再び行脚の旅に出る。39歳より博多の聖福寺の盤谷紹適の法嗣となる。住持を23年務め、一応の引退となる。88歳で遷化するまでに、多くの洒脱・飄逸な絵画(禅画)を残す。私も今月で70歳となったが、お迎えにはなんと答えようか?。

今週の名言・一言・つぶやき「選挙に僥倖(ぎょうこう)などはあり得ない。流した汗と、振り絞った知恵の結果だけが出る。商売と同じことだ。山の果てを望んでも援軍来たらず。自分でやるしかない。その覚悟なしに、政治などという大それた仕事に黄色いクチバシを入れないでくれ。世の中が混乱する。(田中角栄:元総理大臣)」

先月5月23日につぶやいた藤井聡太君だが、史上最年少でプロ棋士になり、デビュー以来、公式戦負けなしの歴代単独2位となる25連勝を達成した。数字を愛する理系でありながら、抜群の言語力を持つ文系でもある天才少年。冬は気象庁ホームページで各地の積雪量の変動をチェックするのを趣味とする異次元の理系男子だが、文系男子でもある。終局後などに語る「望外」「茫洋」「僥倖」などの言葉の数々が中学生離れしていると話題になっている。必至のかかっていた将棋を逆転したときの感想は「今日は全体的に苦しい将棋で、20連勝できたのは僥倖としか言いようがない」と。

今週の名言・一言・つぶやき「晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ。吉川英治:小説家、1962年没)」

春の訪れが遅い飛騨地方では、季節の行事をひと月遅れで祝う風習が残っています。5月1日から6月5日まで鯉のぼりがあがり、6月5日に端午の節句を祝います。ところで、5月のすがすがしい晴れの日、五月晴れに舞う鯉のぼりとよく言いいます。しかし、五月晴(さつきばれ)とは、6月(陰暦の5月)の梅雨時に見られる晴れ間のことを言い。(ごがつばれ)と読む場合は、新暦5月の晴れの日を指すんだそうです。飛騨の(ごがつばれ)に舞う鯉は昨日で終わりました。