生涯現役医師だった聖路加国際病の院名誉院長、日野原重明氏が105歳で大往生。講演予定は10年先まで埋まってる。「長生きは人に恩返しをするチャンス、罪深い人ほど長生きしなきゃ」とユーモアたっぷり。よど号ハイジャック事件の人質を経験。「人生を誰かのために捧げようと決意。命は一人一人が持つ大切な時間、時間を誰かのために使うことで生きる意味を持つ」と命の授業で子供達に語る。105歳での大往生について、福井院長は「日野原先生は『年を取ること自体が未知の世界に一歩ずつ足を踏み入れていくこと。こんな楽しい冒険はない』とおっしゃっていた。まさにそんな気持ちで、自分の命がなくなる過程を客観的に眺めていたのではないか」と。なお、当欄では日野原氏の言葉を再三取り上げたが、今回で11回目となった。謹んでご冥福をお祈りします。
先週に続いて池谷裕二博士の言から、博士は無駄について次のように述べている。◆何かを進めるときって、ストッパーをはずす方法と、前に進む力を伸ばす方法との二種類がありますね。◆人間の体を見ているとおもしろいんですけど、ブドウ糖もそうやってつくられているんです。眠っている時には身体が動かないから、エネルギーをあまり使っていない。だったら、ブドウ糖をつくらなければいいのに、絶えずブドウ糖を10個つくって10個壊したりしている。◆これはムダのように思えるんですけど、急にブドウ糖の要る時には効きます。必要な時には10個つくるところを20個に増やし、10個壊すところを5個壊すとしますよね。そうすると20個マ年イナス5個で、差し引き15個も増やせる。◆ストッパーを半分にしただけだし、つくるほうもいつもの二倍つくるだけですから、ゼロだったところから15個つくるよりも、ずっと簡単にエネルギーを埋めるのです。ふだん脳がムダをしているのには、そういう意味もありますよ。◆一見無駄な活動が、実は「いざ」という時を見据えると無駄じゃないという、お話。
彼は、東京大学薬学部へ首席で進学しただけでなく、東京大学大学院の入学試験にも首席で合格している。そんな彼だが、人の顔をうまく認識できない先天性相貌失認症(脳障害による失認の一種で、特に「顔を見てもその表情の識別が出来ず、誰の顔か解らず、もって個人の識別が出来なくなる症状」)であることを公表している。顔と名前を一致させる苦労を「道端の石コロに名前が付いていて、微妙な形を区別しながら覚えていくといえばイメージが湧きますか?」と述べている。また、ネイチャー誌によると、脳は約1500人を識別できるそうです。ただし付き合いを維持できるのは約150人。ちなみに知り合いの数は平均500人。うち友人は40~50人、身近な人は12~15人、親密な人は2~5人だとか。
「30連勝ならず」と敗れたことがニュースの一面を飾った藤井聡太棋士。彼は、将棋ソフトを積極活用して急速に力をつけた「AI(人工知能)時代の申し子」とも。AIといえば、ソフトバンク株式会社は、応募者をより客観的に、また適正に評価することを目的に、新卒採用の選考にIBMのAI(人工知能)「ワトソン」を活用するという。ワトソンを活用し、統一された評価軸による公平な選考を目指す。人事担当者が応募書類の確認に充てる時間を削減し、面談など応募者との対面での採用活動に多くの時間を使えるようにする狙いもあるという。ごまかしも、コネも通用はしない、挑みがいがあると発奮する学生もいるだろう。
私の誕生月である6月は、唯一国民の祝日が無い月です。しかし、6月2日は「ぐうたら感謝の日」の祝日だったという。実は1975年に、「6月に祝日がないのはおかしい」と、漫画どらえもん「のび太国」が制定した。この日を勤労感謝の日に対抗して「ぐうたら感謝の日」と定め、この日は国民全員が働いてはいけないとされた。 定年後の私は、毎日ブラブラ状態のサンデー毎日ですが、それでも6月に祝日が出来て欲しいですネ。
仙厓義梵(せんがいぎぼん)は、江戸時代の臨済宗古月派の禅僧、画家。禅味溢れる絵画で知られる。美濃国武儀郡で生まれ、11歳の頃清泰寺で臨済宗の僧となった。19歳になり行脚の後に月船禅彗の門下に入る。32歳で印可を受け再び行脚の旅に出る。39歳より博多の聖福寺の盤谷紹適の法嗣となる。住持を23年務め、一応の引退となる。88歳で遷化するまでに、多くの洒脱・飄逸な絵画(禅画)を残す。私も今月で70歳となったが、お迎えにはなんと答えようか?。
先月5月23日につぶやいた藤井聡太君だが、史上最年少でプロ棋士になり、デビュー以来、公式戦負けなしの歴代単独2位となる25連勝を達成した。数字を愛する理系でありながら、抜群の言語力を持つ文系でもある天才少年。冬は気象庁ホームページで各地の積雪量の変動をチェックするのを趣味とする異次元の理系男子だが、文系男子でもある。終局後などに語る「望外」「茫洋」「僥倖」などの言葉の数々が中学生離れしていると話題になっている。必至のかかっていた将棋を逆転したときの感想は「今日は全体的に苦しい将棋で、20連勝できたのは僥倖としか言いようがない」と。
春の訪れが遅い飛騨地方では、季節の行事をひと月遅れで祝う風習が残っています。5月1日から6月5日まで鯉のぼりがあがり、6月5日に端午の節句を祝います。ところで、5月のすがすがしい晴れの日、五月晴れに舞う鯉のぼりとよく言いいます。しかし、五月晴(さつきばれ)とは、6月(陰暦の5月)の梅雨時に見られる晴れ間のことを言い。(ごがつばれ)と読む場合は、新暦5月の晴れの日を指すんだそうです。飛騨の(ごがつばれ)に舞う鯉は昨日で終わりました。
萩本欽一さんは 2015年4月に駒澤大学仏教学部に入学した。その欽ちゃんが言う。『いま70代になってわかったのは、行く手が二つに分かれていることです。一方の道は人生でそれなりに成功し、そのご褒美に別荘を建てて、のんびりと余生を過ごす「老人」。片方は、自分がじいさんだとは思わない「年寄り」なんです。僕は老人にはなりません。やっぱり年寄りです。だって、こっちは「年が寄って」きたら、身をかわせばいいから。それで僕はいま大学に通っているわけです。80代になっても90代のなっても生きている限り挑戦は続けます。チャレンジのない人生なんて面白くないから』と。
萩本欽一さんは 2015年4月に駒澤大学仏教学部に入学した。その欽ちゃんが言う。『いま70代になってわかったのは、行く手が二つに分かれていることです。一方の道は人生でそれなりに成功し、そのご褒美に別荘を建てて、のんびりと余生を過ごす「老人」。片方は、自分がじいさんだとは思わない「年寄り」なんです。僕は老人にはなりません。やっぱり年寄りです。だって、こっちは「年が寄って」きたら、身をかわせばいいから。それで僕はいま大学に通っているわけです。80代になっても90代のなっても生きている限り挑戦は続けます。チャレンジのない人生なんて面白くないから』と。